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「心の窓」で患者さんと向きあう医療を、松原で。 
梅田耕明医師インタビュー【3】

梅田耕明医師へのインタビュー、全3回の最終回です。梅田医師が院長を務める松原アーバンクリニックは、地域に根付いた患者目線の医療を目指し、外来診療・在宅医療・終末期ケアを提供しています。ここまでのインタビューで、外科医としてキャリア重ねた梅田医師が、世田谷区松原のクリニックの院長になった経緯。そして自身の考えや価値観にそって、「やりたい、やるべき」と考える医療を作ってこられた経緯を伺いました。

第1回インタビュー『外科医として悩みながら見つけた「医療の意味」』

第2回インタビュー『他では対応できない患者さんを助けるために 』

 答えてくれた人

梅田 耕明
(松原アーバンクリニック院長)

専門分野:内科全般、緩和ケア、在宅医療。日本大学医学部卒業後、日本大学医学部第一外科に入局。外科医として修練後、坂戸中央病院外科部長、社会保険横浜中央病院外科部長を歴任。その後は地域急性期病院の医療を目指し小倉病院院長となる。2005年に桜新町アーバンクリニックの立ち上げに携わった後、地域での在宅医療、特に緩和ケアの実践を目指し松原アーバンクリニックの院長となる。

聞き手

岩崎 克治
(株式会社メディヴァ取締役)

大阪大学基礎工学部大学院修了。分散アルゴリズム論を専攻。マッキンゼー・アンド・カンパニーのコンサルタントを経て(株)インクス入社。新規事業の立ち上げ、パイロット工場の工場長、クライアント企業の製品開発プロセス改革に携わったのち、2002年㈱メディヴァに参画。

患者さんが心の中に入れてくれたような気がした

患者さんの「こう生きたい」に応える医療

岩崎:
梅田先生は、折々で患者さんや出会う人たちの影響を受けながらも、根っこの部分では梅田先生という人の本質を追いかけてこられたように思いました。今回は松原アーバンクリニックが提供する医療について、そしてこれからの医療のあり方、医師の役割や日本の医療についてのお考え等を伺ってまいります。

梅田:
2005年に松原アーバンクリニックを開業し、在宅医療と訪問看護、緩和ケアをしながら患者さんの最期の時間を大切にする医療をし、別の病院で外科医として手術もした。それは自分の考える一連の医療でした。手術をするときに心掛けたのは、治療方針として「スタンダードだからその手術をする」のではなく、患者さんの「こう生きたい」という思いがまずあり、それをサポートする手段のひとつとして手術をするということ。

岩崎:
患者さんの命を輝かせるための医療、その点の考えは一貫しておられますね。

梅田:
今はもう外科医ではありません。かねてから60歳になったらメスを置くと決めていて、その通りに手術をやめました。最後の手術はよく覚えています。メスをおいて3年が経ちますが、正直なところ、医師としてのアイデンティティの一部が欠けたような、喪失感があります。手術という手段を失ったが、今でも自分は本当に医者なのだろうかという思いがよぎる。ただ、残る医師としてのアイデンティティに、患者さんと向き合い、医師として伝えるべきことを伝えていくという仕事もあると思っているんです。3年が経ち、今は、外科医としてのアイデンティティの穴を患者さんが埋めてくれていると感じています。

松原アーバンクリニック開院時の内覧会に来てくれたご近所の方が、その9年後、肺がんになられ「ここで看取ってもらうと決めていたから」と頼ってきてくれました。在宅でのサポートをさせていただきながら、最期はご自宅で看取りました。

在宅でお看取りをする際、医者が心肺停止のタイミングに居合わせることって、実はほとんどないんです。でもこの方の時は立ち会うことができた。外科医のように患者さんの体に何かをするわけではない。けれど、医療者としての僕がこの地域にいる意味、この地域でのあるべき姿に賛同してくれた。患者さんが心の中に入れてくれたような気がしました。そこに気づかせてくれたのも患者さんですね。

そのような患者さんとの出会いを積み重ねてきたことで、自分が目指してきた医療は間違っていなかったのかなと思えます。そういうことが医者としての自分を支えてくれていると思います。

患者さんの不安を受け入れる「心の窓」を持つ

岩崎:
松原アーバンクリニックで大事にされていることを教えてください。

梅田:
緩和外来というものを行っています。患者さんお一人あたり1時間くらいかけ、病状や選択肢をじっくり説明し、納得いただくというステップを踏みます。クリニックの都合としては他にもスケジュールがありますから、初めの頃は院内から「時間をかけすぎでは?」と言われることもありましたが、僕にとっては短すぎるくらいです。

岩崎:
大事なのは、患者さんがご自身の病気に対する不安を受け止めることでしょうか。

梅田:
患者さんの不安を解消するためには、患者さんが納得できていないすべての部分を一度受け止め、すべてに自分で答えを出すというステップが必要だと考えています。

「あなたはがんかもしれない」「本当にがんなのか?」「がんならどういう治療をすれば治るのか?」「もし治らないならどういう緩和ケアを受ければよいのか?」「それでもだめなら、これからどういった経過が予想されるのか?」

そのすべてに対して説明し、納得できるまで話し合う。そこまでしてようやく、患者さんの不安は軽減されるものだと思うんです。この診察室で患者さんと話す内容は、医者と患者という異なる立場で、お互いが求めるものや方向性を探っていく作業です。病気と立ち向かうには、まず患者さんの不安を受入れる「心の窓」を医療者が持つこと。その「心の窓」を通し患者さんと医療者がコミュニケーションすることが大切だというのが、クリニック設立以来、僕が大切にしている理念です。

これからまだまだ医療について考えていきたい

医療者が裁量と余裕を持てるようになるために

岩崎:
先生のような思いをもって医師をしている人は、それほど多くないかもしれないと思いますが、どうでしょうか。

梅田:
現在の医療制度では、15分で「治りません、緩和外来に行ってください」とすべての説明をしないといけません。患者さんと向き合いたいという思いがあっても、病院の体制や医療制度が許さないんです。

岩崎:
医療職の業務ひとつひとつが、医療者の長時間労働で成り立っているところもあります。医療従事者の働き方に関しては、様々な意見も出ていますね。

梅田:
僕は患者さんが困った時に、自分がその方の役に立てると思えば飛んでいきたい。イメージはベン・ケーシー。若い人は知らないかな、古い海外医療ドラマ『ベン・ケーシー』の主人公に自分を重ねて、カッコよさのようなものも感じながら。実際に、家族もほっぽらかして(苦笑)。

その感覚は、今の世代と温度差を感じる部分もあります。今の若い方は「プライベートもほっぽりだして」という感覚が薄くなっているようにも感じます。ただ、昔はまだ余裕があった面もあるんです。今はすぐに、スマホや携帯で呼び出されてしまうから余裕がない。

岩崎:
余裕をもてるようになるには、どうしたらよいと思われますか?

梅田:
欧米の医師や看護師は、日本の医療者に比べれば自分の時間を確保できているように思います。自分の裁量権をもっているとも言い換えられます。医療者が自分の裁量を確保するには、自浄作用が必要で、海外では割とそれができていると感じるんです。医療者としてのプライドも保てる。医療者の世界の中でお互いのあるべき姿を決め、それを守ることで裁量をもてるような世界を作っている。これにはアカデミーの役割も大きいように思います。日本の医療界にもそのような自浄作用が働き、裁量を持てる形を目指せるといいですね。

岩崎:
医師に何が求められるのか、世の中の見方も揺れているように感じます。

梅田:
今の地域医療は、病院で提供してきた医療とは違います。在宅医療の現場では外科手術ないし、検査器具もほとんどない。地域医療がもつ最も重要な役割は、患者さんを看取ること。つまり「患者さんが最期までどう生きたいのか」「どう人生を締めくくりたいのか」をお手伝いすることです。在宅での最後の人生をサポートするという点においては、医師よりもコメディカルやナース、介護やボランティアの方々のほうがもっと重要な役割を担っています。そんな中にいると、医者っていったい何なんだろうと考えてしまうことも多い。それくらい介護やボランティアの方が患者さんに寄り添う力は大きいんですよ。

そこで医師に求められるのは、コーディネータ的な役割かもしれないと考えています。これまでの典型的な医師のイメージとは、違ってくる部分ですね。地域医療は従来の病院や医療の世界とは違うことは確かです。トップダウンやピラミッドで動くようなモデルでは対応できません。松原アーバンクリニックでは今、それを感じることができています。

人と人との間の普遍的なことを大事にしながら、医療を続ける

岩崎:
梅田先生が医師になるときに「医師は身を削ってまわりを明るくする」という言葉に心を動かされたとのエピソードがありました。「身を削る」ということについてはどうでしょうか。

梅田:
60歳を超えてから、身体の衰えを感じます。昔は大変だったけど、やりたくてやっていました。呼ばれて嬉しいという気持ち。田舎で生まれたせいか、僕はいつも自分が人に認められないちっぽけな存在のような気がしていて、だからコールでも呼ばれると嬉しい。認めてくれるのが嬉しいんです。

岩崎:
これからの医療者としての在り方についてお聞かせください。

梅田:
患者さんに求められていると思うので、臨床もやっていきたい。さらに自分がこれまで経験してきたことを土台にして、何か医療界に一石を投じるようなことも出来たらいいと思っています。

医療者としての「思い」はとても大切だと思っています。やるべきことの前にまず思いがあるべきだと思う。でもやるべきことをやらないと前には進めない。そんなジレンマを若い先生方も抱えているんじゃないかな。まだ僕自身もそこに答えは出せていない気もしています。

これからも人と人との間の普遍的なことを大事にしながら、医療を続けていきたいと思います。それが自分のワクワクすることだから。

岩崎:
今日はありがとうございました。梅田先生が悩みながら医療はどうあるべきかを考えて作ってこられた軌跡をお聞きして感銘を受けました。これから先生のようなドクターがますます必要とされるように思います。また次の機会に、そのときに先生が出された「答え」をお聞きするのを楽しみにしています。

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